星ノ森魔法芸術高校の学生寮に訪れた、就寝前の穏やかなひと時。とある部屋から気合の入った声が聞こえてきた。
「98、99、100……と」
声の主は一年生の響奏音だ。腕立て伏せの目標回数を達したのか、ふうと息を吐いて立ちあがる。
「……終わり?」
そんな奏音に、ルームメイトのもねが声をかけた。
首筋に流れる汗を拭く奏音とは対照的に、こちらはゴロリと寝ころんで涼し気な顔だ。 「ああ。あとはストレッチして終了」
「腹筋とスクワットもしてたのに……。まだ足りないんだ」
「ストレッチはクールダウンのためだよ。どうだ、土筆もたまには一緒に筋トレするか? よく眠れるぞ」
「パス、趣味じゃない。そんな事しなくても、ぼくは眠れるから」
「ふ~ん。俺は体動かさないとムズムズして気持ち悪いんだけどなぁ」
「ホント、響って体力お化けだね」
呆れたように呟くもねは、目の前に転がるタワシ――もとい、手足を気持ちよさそうに伸ばしたハリネズミの『リン』のおでこを撫でている。うっとりと目を閉じたリンは今にも眠ってしまいそうだ。
「リン、遊び疲れた? そろそろ寝よっか」
そう言うと、もねはリンを優しく両手ですくい上げる。
先ほど奏音に送った「理解できない」と言わんばかりの視線からは想像もできないほどその顔は穏やかで、どこかあどけない。
5人兄弟の長男である奏音は、弟妹を思い出して思わず微笑んだ。
「なに? 響、ニヤニヤして」
視線に気づいたもねが不審気に問いただす。
ここで奏音が素直に「土筆が弟みたいに思えた」などと言えば、もねの性格からして確実に機嫌を損ねるだろう。
「あ~……いや、筋トレもだけど、俺と土筆って共通点がないよなぁって。どうせ同室なら、同じ趣味とかあれば楽しそうだなって想像してた」
とっさに出た奏音のごまかしだったが、意外にも、もねは真剣に考え込んだ。
「趣味……ね。ぼくは響みたいに体力お化けじゃないから、同じように遊ぶのは無理だし……」
「お前、さっきから人を体力お化けって、妖怪みたいに言うなよ」
笑いながら反論した奏音は、ふと気が付く。
そう言えばあった。もねと一つだけ似ている所が。
「そういや土筆ってさ、お化けは信じないって言ってたよな」
「言ったけど……だってほら、前に響が先輩とお化け退治した時だって、結局さぁ」
「あれな! 正体見たり何とやら――っていう」
その顛末を思い出して、二人は笑い出す。
「まあ、俺の場合は信じる信じないつうか、怖いと思わないってだけなんだけどさ」
「確かに、響との共通点はそこかもね。あんなのに怖がってビクビクするなんて、無駄なエネルギー消費だし」
「言うなぁ土筆。……ならさ、ちょっと面白い話があるんだ」
 もねの言葉に、奏音はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「数日前に聞いたんだけど、この男子寮に出たんだってよ」
「コレが」と言いながら、奏音は胸の前で両手をダラリと下げた。
「……幽霊? バッカバカしい」
「幽霊っつーかお化けって言ってたな。見た奴から「正体を確かめて欲しい」って泣きつかれた」
「ふうん、お疲れ様。せいぜい頑張って」
「土筆も一緒に行かないか?」
「は? なんでぼくが?」
「二人の方が面白そうだろ? それに『お化けが怖くない』っていう俺たちの共通点が活かされる、いい機会だと思わねぇ?」
「活かす意味がわかんないんだけど」
「そう言わずに今から行こうぜー、なあ土筆ー」
好奇心たっぷりの顔で誘う奏音に、もねは手の中でうずくまるリンを見つめる。
「リンが眠ってるから、うるさくしたくないんだよね」
正直、今から事を起こすのが面倒くさい。しかし、奏音のこの様子だと簡単には諦めないだろう。
よって、リンを口実に体よく断ろうと「だから」ともねが口を開いた瞬間――。
「じゅっ!」
眠っているとばかり思っていたリンが、鳴き声を上げてモゾモゾと動き出した。もねの顔をじっと見ながら首をかしげる仕草は「行かないの?」と問いかけているようにも見える。
奏音とリン、一人と一匹の熱い眼差しに耐えられなくなったもねは、天を仰いで大きな溜め息をついた。


続きは2016年11月10日(木)発売の電撃Girl'sStyle12月号で!
   

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